ジョー、きみはどこにおちたい?

〜ジェット・リンク、地下帝国ヨミ編最終話「地上より永遠に」より〜


 サイボーグ009は、1965年から1985年までの長期に渡り掲載紙を度々変えて連載され、TVアニメや映画にもなった石ノ森章太郎氏のライフワークとも言うべき代表作である。その物語は壮大なものとなり、神々との闘い編は石ノ森氏の亡き今、もはや完結を迎えることはないかもしれない。

 粗筋は、世界各国の死の商人の陰に暗躍する謎の組織「黒い幽霊(ブラックゴースト)団」に改造されたテストタイプサイボーグ、島村ジョーこと009を中心とした9人の仲間とその生みの親でもあるギルモア博士が組織を裏切り、脱走したサイボーグ達を執拗に追いつづける組織の刺客に対し敢然と立ち向かうというもの。科学的な考証を随所に取り入れた、真の意味でのSF活劇である。

 組織が送りこむ、自分達よりはるかに優れたサイボーグ達の刺客を次々と撃破し、やがてブラックゴースト団との闘いも一段落を迎えて以後も、009達は闘いにまきこまれていく。ある時は自分達の正体を知って謀略をしかけるブラックゴースト団の残党との戦闘や、または地球で平和に暮らす普通の人々の生活を脅かす外敵から何も知らない皆を守るために。

 しかし、009達自身はその人々からは同じ人間だとは認められない。人間の心は持っていても、体に殺戮兵器を内包した脅威である彼らは、それでも自らの機会と融合した肉体をすり減らし戦いつづける。

 誰が為に戦うのか?それは彼らの永遠のテーマであるのかもしれない。


 冒頭に引用したセリフは、002ことジェット・リンクが、主人公の009を守りながらつぶやいた言葉。
 私のようなにわかファンとは違った、リアルタイムでコミックを読んだ世代からは事実上の最終回であると認識されているケースも多い、地下帝国ヨミ編の最終話からの名セリフである。この回は、愛情を込めて「第一部完」とも呼ばれているようだ。


 世界に起こりつづける様々の怪異現象から、ブラックゴースト団の陰謀を嗅ぎ取ったジョー達は、地下に存在する帝国「ヨミ」での闘いに巻き込まれていく。そこは昔、ザッタンと呼ばれるトカゲが進化した種族に支配されており、地底人は食糧としてのみ生存を許されていた。そこに現れたのがブラックゴースト団で、地底人の支持を受け、たちまちにその主権を掌握していったのだ。

 激烈な死闘をくぐり抜け、初めはブラックゴースト団の手先としてジョーたちを陥れようとしたものの、最後には正義に目覚め凶弾に倒れていく地底人女性達を失った悲しみを乗り越えながらブラックゴースト団を追い詰めると、そこに待っていたのは巨大な魔人像だった。それはただの像ではなく、ブラックゴーストの科学の粋を集めて作られた破壊兵器で、地上の兵器や無数のザッタン軍兵士を一瞬のうちに塵と変えるほどの威力を備えていた。

 ブラックゴーストの総帥を乗せ、地上へと脱出を図る魔人像。その脱出と共に地下帝国にしかけられた水素爆弾が複数個同時に破壊され、帝国は消滅の瞬間を待っていた。
 まさに万事窮す、と思われた刹那、サイボーグ達を救出したのは新たな能力に目覚めたイワン(001)だった。サイボーグ達は彼の念動能力によって地上に運ばれたのだ。

 だが、その中にジョーの姿はなかった。彼は同じくイワンによって魔人像の中にテレポートされていたのだ。その9人の中で最も優れた能力を持つが故に。

 魔人像の中で死を決意するジョー。たとえ勝利を得ようとも、もはや脱出する術は残っていない。

 ついに正体を現した諸悪の元凶、ブラックゴースト団総帥、それは、三人分の大脳がカプセルに入った形で保存されたモノだった。仲間達の生存に絶望し、総帥の攻撃に屈しそうになったジョーを救ったのは、ジェット・リンク(002)からの通信だった。彼は、一人成層圏で命を終えようとするジョーを追って、その持てる燃料のすべてを使い地上から宇宙空間まで追ってきたのだ。

 魔人像の爆発と共に宇宙に放り出されるジョー。それを受け止めたジェットには、もはや大気圏に再突入するだけの燃料は残されていなかった。自分を見捨てて帰れというジョー。だがジェットは、生死を共にすると誓った仲間を見放すことはできなかった。燃え尽きながら地表へ落ちて行く002と009。ジェットは最後につぶやいた。

 輝きながら燃え尽きようとしていた二人を地上で見ている影があった。家の窓から流星を見る姉弟。弟が子供らしい願いをとなえるのを微笑みながら、姉は世界の平和を祈っていた。
 皮肉にも、その光はこの世界の崩壊を阻止した者達の放つ光だったのだ。



 最初このシーンのパロディを別のコミックで読み、半ばギャグとして使われていたのを何故か放っておけず、出自が判明するとともに原作ではいかなるものかとあまり期待していないまま読んでみた。というのも、子供の頃から繰り返しテレビで見ており、また昔の漫画であることから表現が極めてシンプルであろうと予想したのだ。しかし、原作の衝撃は私の予想をはるかに超えていた。尚且つ、当初はこれが最終回であったことを考えると、何と切ない結末なのだろうか。後に彼らが救出されてまた物語に復帰することを知っていても、その儚さは私の胸を打った。

 ところで、この「ヨミ編」最終回の顛末にも実はイマジネーションを生んだと予測されるものがある。それは、レイ・ブラッドベリ作の短編「万華鏡」(ハヤカワ文庫NV、「刺青の男」所収)である。これは宇宙空間で流星の直撃を受け宇宙船から放り出された船員達が、お互いに通信をして行くなかで極限状態に陥っていく様を表したものだが、上記の「ヨミ編」の最終回を読んでいなくても単独で心を打つ歴史に残る名作であるので、興味の有る方は一読されたい。

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