はじめに


吸血鬼とは何か。

「何か」という問いはあまりにも漠然としており、また、「何か」という言葉自体が問い以外の状況に使われないことから、一方ではもっともその性格を顕著に表している言葉だとも言える。
 

ただ、問いというものはあらかじめ答が用意されているべきもので、本来は解答が不明であるものに対して使うべきでないのかもしれない。
加えて、作者は吸血鬼を論じることにおいてまったく未経験であるため、あるいはそれに答が用意されているとしても、そこにどれほど近づけるか定かではない。


しかし、私がこの事に疑問を持ったことは紛れもない事実であり、その問いは繰り返し自分の中で反芻されている。
 

ならば、その事を敢えて問うことによって、さながら錬金術が黄金や賢者の石以外に副産物を生み出したように、何らかの形で得られるものが有るのかも知れないとも思う。


であるなら、当初の感覚に忠実な形で、この問いを謙虚に唱えていこうと考える。あるいは自分の中に、あるいは過去の先人たちの残した書物の中に。
 
 

吸血鬼とは何かという問いを設定するにあたり、いくつかその問いを発する質問者の存在を想像してみる。
彼らは、吸血鬼の「何」を知ろうとしているのだろうか。
まずは逆に我々が、吸血鬼をどのようなものと考えているか再考してみよう。
外見からすれば、男性のイメージが強い。体格はヤセ型で、背は低くなく、顔は精悍な感じでむしろ美青年に近い。

口元からは2本の尖った犬歯と、目は紅く光っている。

服装はと言えば、時代がかったものから突飛に逸脱したものまで様々あるが、色彩は闇の黒と、血の赤。
 

 その行動は、まず活動の舞台となるのは絶対的に夜。彼らは音もなく近づいて、あるいは夜道を歩く背後から、あるいは一人部屋に眠る犠牲者の元に。

 部屋に侵入された場合、犠牲者は吸血鬼を待っていたかのように受け入れる。その目は完全に彼等に魅了された者の目だ。

 吸血鬼はゆっくりと犠牲者の喉にその犬歯をたて、血を啜る。犠牲者の喉からはあふれ出る血液が胸を濡らしているのだが、そこに苦痛の表情はなく、むしろ恍惚としている。

 当然の事ながら、血液を奪われて犠牲者は日々衰弱していき、遂には死を迎える。

 だが、埋葬されて後、犠牲者は墓の中から蘇り、その口元にはかつて自分を死に至らしめた者と同じ牙をそなえている。次の瞬間からは、自らが犠牲者を求めてさまよい始める…
 


吸血鬼は、不死者と言われている。こうして眷属が増えていくならば、世界は吸血鬼に凌駕されてしまうのではないか。

しかし、その吸血鬼も滅びの要因となる弱点を持っている。
 
 

 まず、日光。吸血鬼は、絶対に日光に当たらない。太陽の光を浴びた途端、全身が燃えつき灰になってしまう。前述の、夜間に活動するのはその為である。

 次に十字架。この聖なる印をみせられると、吸血鬼は驚愕の表情を顔面一杯に浮かべ、恐怖し、さながらそれまでの狩猟者と犠牲者の立場が逆転したかの状態に陥る。
 また、十字架を吸血鬼本人かその犠牲者が触れると、触れた 部分が火傷に近い状態になる。

 そして、大蒜(ニンニク)。吸血鬼はこの匂いを嫌い、絶対に近寄ろうとしない。


吸血鬼の物語の定番といえば、暴虐を振るっている吸血鬼の存在する集落に旅人が現われ、これらを駆使し吸血鬼の弱点を見事についてこれを殲滅、集落もしくは生活共同体をその呪縛から解き放つ、というものだ。

吸血鬼は中世からの魔物で、今ではその実在を信じている人々は多くないものの、ゲームやコミック、アニメの世界まで形を換えてイメージを浸透させている。

ところが、上記の特徴には、吸血鬼自体の伝承から比べれば意外と歴史は浅い。

これらはとりも直さず、「吸血鬼ドラキュラ」のプロフィールそのままの物なのだ。
 

「吸血鬼」であるドラキュラは1897年ブラム・ストーカーが小説の主人公として生み出した。その後、小説の人気から演劇や映画にも登場し、そのイメージと吸血鬼と言うモンスターの知名度は一気にあがっており、今でも古来からある妖怪の中で最も認知度の高いものなのではないだろうか。
1992年にはフランシス・コッポラがブラムの小説に忠実な形で映画化をしたし、去る1997年には小説版ドラキュラの生誕100年と言うこともあって、様々な特集を目にすることが出来た。

それに関連して書物も多く発行され、これらによって情報を得られた方も多い事と思う。

それでは、古来から存在する吸血鬼はどのようなものだったか。言い換えれば、人々にどのように認知されてきたのか。
「ドラキュラ」自身の考察の前にまず、一般的な吸血鬼の印象と言うものを探っていくことにしよう。


それにあたり私は自分が吸血鬼というものを知った過程において読んだ本を再びガイドにしていこうと思う。
 
 

「吸血鬼幻想」 種村季弘著、河出文庫 1983(薔薇十字社 1970)*1
私は、これほど明解に、かつ魅惑的に吸血鬼と関連の事象について述べた書物を未だ知らず、また荒俣宏氏も


「吸血鬼文学を愛するドイツ文学者種村季弘がこの魅惑的テーマを得て語りつくした本」
「血の思想史と、エロチシズム史をペダンティックに述べた作品で、ハードな読者向きには絶好であろう」

(「吸血鬼ファンのための資料ノート」集英社文庫 荒俣宏著「神秘学マニア」所収)


と評している。 この本をガイドとしつつ、或いは内容から逸脱しつつ、まずは吸血鬼が何故血を吸うのかという疑問を考えることにしよう。


(*1 青土社、「種村季弘のラビリントス」第3巻 あるいは 国書刊行会「書物の王国12 吸血鬼」に表題作のみ所収)

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